睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

渋谷にある尾崎豊の歌碑。

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Ingressやっててたまたま知ったのですが、尾崎豊の歌碑がヒカリエ近くにあったりします。

 

歩道橋の場所にあるのですが、歌碑の向かい側はスタバが見える場所。クロスタワーって名前だったかと。

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この歌碑にたどり着いたとき、私は尾崎豊を「一世を風靡した歌手」程度の認識しかないで見てしまっていたのですが、ちょっと調べるとかなり尾崎ファンには思い出深い場所として知られてるのだと知りました。

 

この歌碑にかかれているのは「十七歳の地図」という曲の歌詞の一節です。そのなかに「歩道橋」という単語がでてきていますが、それがこの歩道橋なんだそうです。尾崎さんはよくここの場所から夕焼けを見ていたんだそうです。そこから生まれた曲なんだと考えると、当時尾崎さんの曲に心を動かされ、支えられてきた人たちにとってはこの場所は聖地と呼べるほどなのかなと想像しました。実際、いくつか検索したところ、遠くから来訪してくる人もいたりして、ファンにとってはかけがえのない場所だったんですね。

 

で、実際に別の日に夕日をみようと思いましたが…。じゃん。

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思いっきり夕日タイム終わってました…。というのと、この場所からだと今も過去のような夕暮れはみれるのかどうかが謎です。きっと30年ぐらい前でしょうから、風景に変化もあるのではないかなと。(奥の高層ビルはない気がしてる)

 

誰も注意しないでいると普通に通り過ぎてしまうような場所なんですが、よくみると文字がぎっしり。一つ一つよんでも、日付が新しいものが多く、人気が衰えてないことがよく解ります。いえ…こんな陳腐な言葉で表現してはいけないぐらい、一つ一つのメッセージが熱い!尾崎さんのおかげで生きてこれたという方がこれだけいたんだと考えると、かなりインパクトある歌手だっただろう当時を感じさせます。

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尾崎さんは青学に在籍されていたので、通学で使ってた場所なのかなと考えてみたりしました。wikipediaを見る限り、この時点で思い悩んでいたと考えられますので、学校帰りに長い間いたのかもしれませんね。(失礼ながら、ちゃんと学校行ってたのは立派だなと思いました…。登校拒否が当たり前にある時代の人間の感覚でしょうか?当時も学校来ない人はいたかと思いますが…)

 

そしてここ、夏でも風がふくと涼しくて気持ちがいいです。こんな場所、大都会の中にあったんだなぁ…と思いました。居心地も良い場所なので、ひっそりとしたいときは良い場所なのではないでしょうか。

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すぐ夜になってしまっていた…。

 

もうじき秋になりますね。

それでは、本日はこのへんで。