睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

疲れたら竹だって折れる。

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と、以前京都にいったらそんな話をしてくれた人がいる。私は京都といったらだいたい嵯峨野にいくので、倒れていたり、折れている竹というのはわりとみてきたほうだとおもう。竹がすきであの竹のしたをくぐるように歩くのはお決まりだろうけど、わたしは大体は倒れている竹を見るのだ。

 

ちなみに今回の画像は…竹だけど嵯峨野じゃない。

 

京都について語ると、京都人でもなく謎のこだわりがある私にはつまらなくも語るものが多くて、東山は好きではないとか、哲学の道は好きだとか、やっぱり嵯峨野や嵐山が好きとか、そういう話になる。さびしいところが好きなのだ。(とかいうと寂しくないだろというお叱りを受けるかもしれない)

 

ここしばらくは疲れすぎていて、あまり家にも帰らなかったからふとした休みになるとぼうっと考えることばかりだった。そして考えすぎたあげく疲れ果てて寝てしまう。昼寝なのに日が暮れるまで寝ていて、これでは夕寝ではないか、みたいな形で一日を終えるのだ。そして明日は私仕事である。

 

平等とは何が平等なのかという話だが、世間一般でいう休みのなかで自分はそれにあってないから平等とはいいがたいなと思いつつ、昔の日本人は土日休みなんてなくて女中だけでなく家の人間は毎日あくせく働いている。文句言うのはもうちょっと先にしようと思って、今週はやすみをこれで終えることになる。

 

そうか、折れてる竹を思わず見てしまうのは、きっと言葉も発せずにくたびれてしまった自分を見るようなものなのかもな、などと思うのであった。