睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

南北線までくると、ようやく僕らは家のことを考えるね。

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毎日毎日、既存のpptを繋ぎ合わせたりしながら、ラスボスへのプレゼンをどうしようかなんて考えてた日々があった。プレゼンをするのは別のメンバーで、私はそのとき、別の企画が舞い込んできてて、ほとんど取り合えない状況になっていた。どちらもキツすぎて、時間だけが差し迫ってく日々に、会話ができそうでできないというか、そんな日々が続いていた。

「この仕事やりながら、これもやってるし、あれもやってるし…まって、私のキャパこえてるわ…」なんて、ハゲそうな気持ちを抱えてたきがする。正直、一週間が1日ぐらいのスピードで過ぎ去っていく感覚に私ですらびっくりしていたのだ。だめだ、もうちょっと、なんとか…。

そんな中、プレゼンをするぞという日程はかわるはずもなく、夜遅くまで作業する彼女と、私は終電で帰る日々が続いた。ほとんど誰もいなくなったオフィスをあとにして、エレベーターで降りた後、私たちは半蔵門線に乗る。永田町で南北線のホームに降り、どちらかの地下鉄がやってきて、そこで初めて最後の「また明日ね。お疲れさま。」が発生する。そのときようやく、家に帰ることを「思い出す」のだ。

毎日そんな日々を過ごしてる中、ある日のこと、疲労がピークになり、お互いに喋りたい気持ちがあるのに、会話がまったくできない、なんてことが起きた。
2人とも喋りたいのに、なにも口にのぼってこない。そんなことあるのだろうか。いや、あるのだ。

この日は、2人で座ったあと、そのまま半蔵門線が出発して、無言の状態で永田町の長いエスカレーターを上った。あの時は本当に、最後の「またね」のときまで会話という会話ができなかったと思う。覚えていても「うん…」「うん」という、会話にもならない相づちのような単語ぐらいだ。


しかし、サービスを作るという仕事は、そういうものである。日々頭を悩ませ、ユーザ体験を考えて、どうよりよいものにするか、そのために全力で尽くすというのは、それだけ自分を削ぐ行為だ。生半可な気持ちでは到底無理である。そして、その覚悟も。


彼女は今も、闘っている。
体調を崩した私に、ねぎらいを忘れない強さと配慮があって、先日わたしはその優しさに大泣きした。


まだまだ続くこの道は、実はまだ開拓すらされていない。自分たちで作るしかないのだ。例えこの手がボロボロになり、血が滲もうとも。

「ここからなんだ」と、疲れ切った1日の終わりに、終電が「家へ帰るよ」と、やってきて、私たちはそれぞれ、乗る方向の地下鉄に身体を預ける。唯一の終わりを告げる安心感のようなものだ。


「またね」は希望。
今日とあしたを繋ぐための。