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睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

恐らく罪悪と懺悔。

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本人が覚えているかはわからないけれども、相手に対して謝ることができず、謝罪をしたいと思う気持ちがそのまま残って今に至る。なんてことがあったりする。

私にはその気持ちがいろんな人に点在していて、最近ではふとしたときに泣いてしまう。

 

きっとなにかの偶然でも起きない限り、再会しなければもう謝りもできないものとか。本当になぜあのときのタイミング逃したのかな、と思うものもある。私は、自分の不器用さにだいぶ悔やむことが多い。

 

私は特に、自分はあまり幸せになって生きてはいけないという自責の念がある。今となってはもっと気楽に考えてもいいだろう、とか、もうちょっと都合の良いそれなりの幸せみたいなものは受け入れていいのだろうが、やはり食い止める何かはある。なんの罪状も与えられずに生きてることが逆に苦しいのだ。自分が特に社会的な犯罪を起こしたわけではないが、呑気に生きてていい気はしてない。

具体的な話は避けるが、なぜこんな思考なのかと言えば、自分の身に起きたある事件のせいだ。今もそれは私の根底の部分で根深く続いている。人は簡単にトラウマと片すかもしれないが、私はもう2度と思い出したくもなく、もし、その事件が起きないようにできるなら過去に戻ってでも食い止めたいとすら思う。

 

謝っても償うもできないのだ。取り返しがつかないという事態は。記憶から逃れられることもできないし、たぶんこれはもう、生涯背負うものである。こんな思考は誰も得しないということも解っている。しかし、記憶から事件が消えることはないし、私にとっては忘れてはならないものなのだ。

 

謝りたいと強く思う日だってある。

だから、もし再度、会える日がくるのならば、どうか謝罪させてほしい。

 

 

だからこそ、毎日出会う人たちには日々感謝を怠らないようにしたい。過剰といわれても、その瞬間を逃したくないのだ。

 

恩返しは倍したっていいと思うほどに。

大事にしてくれる人たちには、より深い愛を。