睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

「呼吸がきれい」という表現

f:id:madokais:20160626014425j:image

「呼吸はきれいだね」

 

医者が聴診器で診察するときに、胸の音をきく。

「呼吸をみよう」という表現が医者から言われると、聴診器で聞こえる音というのはどんなものなのかといつも思う。自分は聴診器でなにかをきいたことがない。とは言え、そこには別に特別な音は流れていないだろう。人体の中身はそこまで夢をみるような世界ではないはずだ。

 

「うん、呼吸はきれいだ」

深い深呼吸をして、息を吸って吐く行為と、それを聞く医者だが「呼吸がきれい」(=特に異常はない)という表現をきくと、どんなものなのかなといつも不思議になるのだ。肺に異常があれば、きっと別の音が聞こえるのだろうが、正常と異常の区別はわたしにはわからない。

 

これは自分のいく医者によって表現が違うとおもう。たいていは「問題ないですね」や「変わった音が聞こえる」あたりなんじゃないだろうか。自分の記憶を掘り起こすと「肺は平気」あたりだと思うのだが、私が最近いく医者は「呼吸がきれい」という表現をする。この表現は、浄化された気持ちになる。そして、例え異常があったとしてもこの医者は「呼吸が汚い」とは言わないだろう。

 

 

本日。

本日は昼の14時からカフェ打ち合わせをした。もろもろとイメージをだしていってもらったものを、どんなふうにまとめあげるかを話していく。洗練されていく感じがなかなかよかった。

 

夜はお腹がすかなかったので食べずに、21時からピクルスを作りはじめる。きゅうりとにんじんとたまねぎを切って、塩につけて水をだし、そのあいだに酢と水と白ワインに赤とうがらしとローリエを入れて煮立てる。15分時間をあけたあと、野菜からでた水を捨て、瓶にいれたあとマリネ液をそそぐ。瓶に入りきらなくて、残りの液体はもったいないけど捨てた。酢が苦手だが、さきほど食べたらいい具合の味だったので楽しみにする。だいたい3日つけたあとが食べごろ、3週間ほどの保存がきくようだが、おそらくそれまでにはすべて食べられるはずだ。

時間があるのだから作ったことのない料理に手をだそうとするが、なかなかうまくはいっていない。

 

今日の体調は咳もひどいのが出ず、生活がそこまで苦しくなかった。

調剤師によると肺というのは少しづつ治るものらしい。突然咳がとまることはないだろうから、咳も日々減って行って回復するのだとすると、このまま完治までいきたい。

 

さきほど深夜からはじめる掃除という邪悪な行為をしてしまった。小鳥のさえずりが聞こえるので寝たほうがいい気がしている。朝はもうきてしまったのだ。