記憶に残ることはしない。
言質。
お互いに記憶に残すことはしないでおく。口からでかかった言葉を吐き出さないように。身体に入り込んだ隙に消えていかないものもあるから。
傷ついても、傷つかなくても。
嬉しくても、悲しくても。
村上春樹の小説のどこかで、大事なことはゆっくりというニュアンスの台詞があった。急いじゃいけないらしい。それを救いとするなら、私もゆっくりしていいだろうか。焦らずに。
静かに時間はすぎるけれど、重なる時間は季節をこえていく。そうやって人は歳をとり、年齢を重ねてゆくのだ。慌ててはならないのかもしれない。私はせっかちだから、どうやっても生き急いでしまうのだけれど。
疲弊した思考は糖分を求めていて、ひたすら甘さを求めてしまう。誰からも否定されず、傷つけられることなく、安心して安定したところで安らかな気持ちでいたい。滅入りすぎて抵抗する気力すらないのだ。優しく押し付けられた刃物に身をゆだね、そのまま鮮血がでるのを静かに苦痛に思うように。傷つきすぎた状態ではだれかを攻撃する力もなく、あてもない救いをひそかに求める。この世に私のことを記憶に残してくれている人はどれほどいるのだろうかと。かすかな自問自答を繰り返しながら。
人はその存在が消えた時から、記憶が辿られる。
君の爪痕はついているか。