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睡眠、夢うつつ。

日々のことをつらつらと。

もしも目が覚めてしまったら、その日の夜は。

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夜が好きなので、夜のことでも書く。

 

1992年の2月に発行された、よしもとばななの「白河夜船」という小説の中で、添い寝のバイトの描写がでてくる。ここ何年かで「ソフレ」という言葉がはやっていたような気もするが、まさか90年代に添い寝バイトしてる人の作品があるとは思ってなくて、読んだときに「ばななさん、時代先取りしすぎだろ…」とすら思った。

 

いろいろ書きたいことはあるが、ピンポイントで印象的だった言葉を抜いておく。

 

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「私はね、ひと晩中、眠るわけにはいかないの。だって、もし夜中にとなりの人が目を覚ました時、私がぐうぐう眠っていたら、私の仕事にはあんまり価値がないっていうか、プロじゃないのよ、わかる? 決して淋しくさせてはいけないの。私のところへやって来る人は、もちろん人づての人ばかりだけれど、みんな身分はきちんとした人ばかりよ。ものすごくデリケートな形で傷ついて、疲れ果てている人ばかりなの。自分が疲れちゃっていることすらわからないくらいにね。それで、必ずと言っていいほど、夜中に目を覚ますのよ。そういう時に、淡い明りの中で私がにっこり微笑んであげることが大切なの。そして、氷水をいっぱい、手渡してあげるのね。コーヒーの時とかもあるけれど、それはキッチンに行って入れてくるのね、ちゃんと。そうするとたいてい安心して、またぐっすり眠るものなのね。人は。人はみんな、誰かにただとなりに眠っていてほしいものなんだなあって思うの。(略)」

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「ああ」

 

上記のセリフは添い寝バイトをしていた女の子のセリフだが、読んでいて一人で声にだして納得してしまっていた。私はとくに夜が好きだから、なおさらである。いろんな夜を渡り歩いて、たくさんの真夜中の住人達をみてきていると、わからないわけではないのだ。

 

1つこれについて書いておこうとするならば、携帯が発達した今、目覚めたときにきている通知が、ある意味自分とこの世を繋ぐ(と、人によっては思っている)一つのコミュニケーションツールとしても存在している。だから、添い寝という物理的なことだけでなく、目が覚めたときに「誰かの気配」を感じて安心したいという、そういうニュアンスも含んでいいと、私個人としては思ってる。突然夜中に起きたときにみたスマホの画面に、届いてほしい人からのメッセージがあるだけで、深夜に感じる静かな孤独から独立した安堵感を得ることが私自身にはあるのだが、きっとそういう人はほかにもいるのではないかとささやかに思っていたりはする。だからこそ、自分がもし起きてるときならば、そっと相手への返事を返すようにしているのだけど。

 

おそらく、の話。

 

夜属性は人より孤独になりがちだ。

生活がかわってそれをぬけるひともいれば、やめない人もいるなと思ってみているけれども、そこでみえる夜の深い空と、終わりを告げる朝は、いつだって残酷に美しい。